おっちょこちょいを謳歌する
中野を謳歌 第05回 おっちょこちょいを謳歌する。
このブログはフィクションであり、筆者の妄想と夢で出来ている。真に受けたことによる一切の責任は負いかねるので悪しからず。
少し前のことである。正確に言うと、ちょうど桜が咲いた頃のことである。
私、中野は原付免許を取得するため、運転免許センターへ行った。中途半端な田舎に住んでいるため、少しばかり早起きをしなければならなかった。まだ日は浅く、気温も少し低い。昼間は暖かいという予報だっただが、私が家を出たときはまだ少し寒く、仕方なく上着を羽織っていた。
最寄り駅へ着くと、思ったよりも人が多いことが気になる。特に目立つのはスーツ姿のサラリーマン。都会の出勤時間へ合わせたらこのくらいに出発しないと間に合わないのだろうか。心の中でご苦労さまと呟いた。ただの自己満足である。
サラリーマンたちの着席を待っていたら私の席はなかったので、つり革片手に本を読む。……首筋に当たる空調が寒い。すごく寒い。いや寒くね? 寒さで首が傷んでくる。本をリュックにしまい、空いた片手で首をさする。キンキンだった。もしくはカンカン。ダンカンではないことだけは確かである。
そんなくだらないことを考えていると、目的の駅へ到着した。免許センターは少し歩くらしいというのは予め調べておいて分かっていた。
少し歩くと、分かれ道が迫ってきた。人の流れから行くべき方向はこっちだろうというのは分かったが、逆方向にはコンビニがあった。朝早くから何も食べずに来た私の腹は予想通り空っぽだったので、一瞬立ち止まって後ろの人から睨まれつつも、私は人の流れに逆らって営業時間を表していたはずの店名なのにいつの間にか休みという概念を失ったチェーン店に向かった。分かりにくくてすまない。セブンイレブンのことである。
セブンイレブンでいい気分の中、赤飯とおこわのおにぎりとお茶を購入。最近もち米のおにぎりにハマっているのだ。その前はツナマヨ。もう一個前は梅干し。もっちもちのおにぎりを片手にさぁ免許センターへと足を進めて約30歩。目の前に現れた錆びついた看板を見て、私は立ち止まる。薄汚れた看板にはこう書いてあった。
運転免許センターはコッチが近道!
私は疑った。この看板を信じてもよいのだろうか。観光地や公共施設等の近辺には胡散臭いものがたくさんあると私は知っている。観光地公式の駐車場を装う非公式の駐車場(高い)にお土産屋のバッタもん(安い)。だが、コンビニで遅れてしまった分を取り返したいのもまた事実。私は人間を信じるぞ! と何度人に騙されても信じることをやめない少年漫画の主人公のような心持ちで私は進んだ。
数分して、免許センターが見えてくる。綺麗になったという情報通り、最近よくある公共施設の建築物らしい雰囲気である。特にけなしているわけでも褒めているわけでもない。中に入ると、思った二倍は広い。初めてかまくらに入ったらこんな衝撃を受けるだろう。あくまで推測だが。
申し込み票を用意する必要がある、ということを直立不動の職員殿から聞いた。
職員をはしごしつつ、なんとか書類を記入し、さぁ受付だと原付きの列へ並ぼうという時だった。
あっ。
喧騒のなかでは誰の耳にも入らなかったが、この一音は私の体に響いた。私の素っ頓狂な声の発声原因は必要書類が大きく表示されたスクリーンにある。
申込書、写真、住民票、身分証明書。
申込書、写真、住民票、……身分証明書?
急いで壁際に小走りし、リュックを全開にして確認すると……ない。いつだ? いつ無くした?
その原因は前日に遡る。
免許の試験を受けるには、住民票が必要ということで、私は出かけていた。住民票をもらうには、身分証明書が必要ということで、リュックにはじゃがいもみたいな顔の写真が貼り付けられた証明書が入っていた。特に問題もなく住民票を手に入れて帰宅した私は、明日忘れ物をしないように、リュックの中を整理していた。一度リュックからすべての荷物を取り出し、一つ一つ確認しながら荷物を入れていく。実技の時に必要な手袋。待ち時間のお供である本。財布。住民票と写真。筆記試験の参考書。筆記用具。よし、これでいいだろう。私はリュックのチャックを締めてぇ……ストップ!
見つけた。机の上にポツンと置かれた身分証明書。住民票だけでいいと勘違いして置いていってしまったのだ。冷や汗が止まらない。心なしか息も荒い。お腹が痛くなってきた。どうせ試験は受けられないのだからトイレへ行こう。
男子トイレへ向かうのにも足がもつれかかったが、なんとか無事にトイレへ。個室の空きは一つだ。ラッキー、と思いながら個室に入って違和感。便器がない。掃除用具入れに入ってしまったかと思って視線を下ろすと、便器はあった。
ただ、和式だった。改装して綺麗になったと聞いていて、まさかトイレが和式便所のままとは夢にも思わなかったのだ。
泣きそう。和式便所を見て泣きそうになった男をこれまで見たことがあるだろうか。見たことがあるとしたら、それは私だ。
和式便所の最適解を未だ知らない私は、ただ尿がズボンに飛ばないように、便が変なとこに着陸しないように用を足し、近道では無い方の道で帰っていった。晴れると聞いていたのに、小雨が降っていた。
あと、行きとそんなに時間も変わらなかった。もう二度と看板は信じまい。
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